悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

脱サラした父ちゃんが山奥の古民家に移住し、5人の子育てに奮闘しながら悠々自適に暮らしている日々の生活をゆる〜く発信します。

成功への道④〜理想の人生を生きる為に〜

ここで言う「成功」というのは単に世間一般でいう「大金持ち」になる事ではない。「自分の理想の人生を生きる」ことを一言で「成功」と位置付けた。そして勿論、自分自身「成功」している訳でも「大金持ち」な訳でもない。今まで歩んで来た道、これから進む目指すべき「成功」への道を自分の為に記録する事にしただけだ。そんな(今はまだ誰も知らない)ベンチャー起業社長の物語シリーズである。


物語シリーズ①はこち
成功への道①〜理想の人生を生きる為に〜 - 悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

前回の物語シリーズこち

 http://yuyunikki.hatenablog.com/entry/2017/06/05/235231

 

 

最初のドラマティックな出会いとはかけ離れた、超リアルな入籍を果たした俺はその入籍から二ヶ月半後にスピード挙式を挙げた。仕事の忙しさと非現実的な式の準備期間、引越しの準備等に奔走し、疲弊しきっていたがやるしかないのだから仕方ない。

入社したての新入社員がデキ婚しようが、そんなことはブラックな会社には関係ない。(ブラックじゃなかろうと当然関係ないのだが)

安月給に長時間労働なので転職も考えたが、夢を抱いて入った会社だ。好きな仕事ができるだけでも幸せだと思え的な上司の空気感は嫌いだったが、独立を考えている者やスキルを身に付けたい者にとってはうってつけの会社だった。将来独立したいと考えていた俺はそのまま会社に残る道を選び、安月給でもやりくりできる様に妻の実家(自転車を送り届けたあの家)に同居させて頂く事になった。

 

所謂マスオさんだ。

 

数ヶ月マスオさん生活を続けた後、妻のご両親が実家から近いマンションを購入してくれてそこに住まわせて貰う事になった。勘違いしないで貰いたいが、お義父さんは公務員でお義母さんはパートをされている一般的な御両親だ。決してお金持ちだという訳ではなかったが、可愛い娘と孫の為に退職金や長年貯めた貯金で住む場所を用意してくれたのだ。本当に御両親には頭が上がらない。感謝しかない。

それでも新入社員の安月給では生活も大変だったが、あろう事か速攻で2人目を妻が妊娠したのだ。1人目を出産してまだ一度も生理がこないまま、2人目を妊娠したのだから凄い。

 

そして俺は会社に辞表を出した。

今ですらギリギリの生活なのにもう1人増えるのは無理ゲーだと判断したからだ。

しかし上司から昇進させるからもう少し頑張れと止められ、渋々承諾した。辞めてどうするかも決まってなかったからこの時は辞めなくて正解だったと思う。そんな調子で2人目も産まれ毎日忙しい日々を過ごしていた矢先にあの東日本大震災が起きたのだ。

 

まだ小さい子を抱える身としては災害時における東京の脆弱さが浮き彫りになり、しかもあの原発事故で一段と不安が積もっていた。毎日ネットで情報収集し、海外帰りの友人と外国メディアの情報を交換していた。そんな中、職場で原発建屋爆発のニュースを見た時に家族を連れて名古屋へ避難する事をすぐに決心した。俺の両親は既に離婚していて実家がないので兄貴の家に居候させて貰ったが、上司から毎日いつ戻って来るのか電話がかかってくる。ずっと兄貴の家にお世話になる訳にもいかず、俺からすれば今まで通り仕事している方が異常だと思ったが、1週間様子を見て東京に戻った。社長に呼び出され単独行動は慎むように注意を受けたが、別に気にする事もなかった。むしろ大事な家族を連れて避難する事の何が悪いのか教えてくれ等と思っていた。

 

そして東京に戻ってきて間もなく、建築系の友人知人で立ち上げたNPO法人に協力して南相馬市へボランティアをしに行く事になった。

夜中に車を交代で走らせて早朝現地に到着した、そんなタイミングで妻から電話が入る。

 

俺「ちょうど今現地に着いたとこだよ〜」

妻「そうなんだ〜お疲れ様。わたしも1つ報告があるんだ〜。…3人目ができたみたい。

 

‼️‼️⁉️⁉️

 

俺「はっ⁉️マジで⁉️嘘でしょ‼️⁉️」

妻「マジマジ。後で写メ送るね。」

 

電話を切った後、検査薬の写メが送られてきた。愕然としたよ。激震が走るとはこの事だ。何故だ。何故このタイミングであいつは検査をしようと思ったのかも意味不明だが、2人目が産まれてまだ1回しか生理がきていなかったじゃないか。どうかしてるよ。

 

中々現実を受け入れられないが、取り敢えず会社は辞めないとなと思った。最早ボランティアどころじゃなかったが、やるべき事はやり、東京へ戻る。然るべきタイミングで上司に辞表を出したが、今度は止められなかった。苦笑いしながらもうちょっと計画的に子作りした方が良かったんじゃないと言われたが手遅れなのはお互い解ってる。

 

 

こうして俺は会社を辞めた。

 

 

三人も子供がいて良く独立できるなと友人からは言われたが逆だ。サラリーマンの給料じゃ養っていけない。転職も考えたが、独立して個人事業者としてやっていく事を決心した。

 

こうして最速でハットトリックを決めた俺は殆ど準備もしないまま起業する事になったのだ。

最初のシリーズで書いたとおり、 ここからようやくビジネスの話で「点」と「点」が繋がり「線」となっていくのだが、最初の「点」は間違いなくあの出会いから始まったんだと思う。

でなければ俺は今頃LAで悠々自適に暮らしていたはずなんだから。

 

ラブ・ストーリーは突然に - 小田和正 - YouTube

 

〜悠々自適に生きる〜