悠々日記〜7人家族その日暮らし〜

5人の子育てに奮闘しながら悠々自適に暮らしているベンチャー社長の奮闘物語をゆるく発信します。

成功への道②〜理想の人生を生きる為に〜

1年のアメリカインターンシップから帰国した俺は東京の設計会社に入社した。というか、帰国後入社する前提でその会社からインターン先を紹介して貰ったのだ。だから就活というものはした事がない。コネでもなんでも使える物はフル活用するのが俺のやり方だ。就活に苦労した人なんかがこの話を聞くとイラッとすると思うが、事実なんだから仕方ない。

 

帰国後3日で物件を探して契約しなければならなかった俺は大田区蒲田に住む事になった。正直名古屋が地元なので土地勘など全くなかったのだが、蒲田は住みやすい街だったし、飲み屋も多くすぐに気に入ることになる。

入社早々忙しくなり、家具もカーテンも買う暇もなくあっという間に1ヶ月が経った。(設計会社や事務所はスーパーブラック業界なので、終電帰りやたまに徹夜する事もザラだ) 大都会東京、コンクリートジャグルでベッドもカーテンもない部屋で床で寝る生活をしていた。くたびれた身体は床では中々疲れが取れないが、そんな暮らしをそれなりに楽しんでいたんだ。ただ、東京の人の多さ、満員電車はキツかった。人が多過ぎるせいで他人に無関心な東京の冷たさ(席を譲らないとかね。)も嫌だったし、奴隷がぎゅうぎゅう詰めにされて運ばれている気にすらなる時があった。

そんなある日、朝の通勤時に蒲田駅の改札前で人が血を流して倒れているのを目撃したんだ。

確か1人の女性と駅員さんが介抱しようとしていたと思う。俺は急いで駆け寄り

 

「大丈夫ですか❓何処かに運ぶのであれば手伝います。救急車は既に呼ばれましたか?」と声を掛けた。

幸い駅員さんの迅速な対応で既に救急車は呼んでおり、あまり無理に動かしても危ないのでそのままにしておくという。

「大丈夫ですよ。ありがとうございます。後は駅員で対応致します」

と言われた。少し安心して

「そうですか。わかりました。宜しくお願いします」

と顔を上げた瞬間、背筋が凍る様な感覚が俺を襲った。物凄い数の人が無表情で通り過ぎて行くのである。ある人は見て見ぬふり、ある人は一瞥するだけ、朝の通勤ラッシュでおびただしい数の人間が素通りしていくのだ。

 

別に自分も何か出来た訳でも、手伝った訳でもないし、人集りが出来ても余計に大変なだけなんだが、その異様な光景にゾクッとし、すぐにその場を離れた。

 

俺はただの偽善者かもしれない。

だが、あんな無関心で無表情な人間にはなりたくない!東京には染まらない!

 

そう心に決めたんだ。

自分に言い聞かせた。俺は俺のままでいよう、と。

 

そして数日後、思わぬ場面に出くわした。友達と買い物をして飲んで家に帰る途中、先の方で自転車を引きずっている人がいるのが見えた。

夜中の12時過ぎだ。俺は普段裸眼で、そこまで視力は良くも悪くもないが夜は極端に視力が落ちる。近くになるにつれて比較的若い女性だとわかった。カゴには巨大なぬいぐるみが刺さっていて後輪を持ち上げて、少し運んではすぐに休憩している。そりゃそうだ。後輪を持ち上げるのは女性には大変だろう。

 

俺はなんでこんな時間に自転車🚲引きずってるんだ?と思ったのと同時にこんな時間に声を掛けてナンパみたいに思われても嫌だな〜と思っていた。お年寄りの方なら声を掛けやすいのに。

そんな事を思いながら通り過ぎようとした瞬間、この前の出来事とあの光景が脳裏に蘇ったんだ。

 

ヤバイ。俺はこのままここを通り過ぎる訳にはいかない。

 

そして別に嫌がられても断られても構わないじゃないか。自分の家はすぐそこだ。帰って寝るだけだし、気にする事でもないなと開き直った俺はその自転車の女性に声を掛けた。

 

「どうしたんですか?パンクでもしましたか?

運ぶの手伝いますよ。家は近いんですか?」

 

できるだけ怖がられない様に、警戒されない様に注意しながら話す。

するとその人は

 

「あっ、大丈夫です!ありがとうございます。家近いんで、自分で運べます!」

 

と言ってきたので、

 

「家近いならそれこそ手伝いますよ。俺が後輪持つんでハンドル持っててください」

 

そう言いながら後輪を持ち上げた。

まだ遠慮して断ってきたが、面倒くさいので多少強引に手伝う流れに持っていく。

 向こうも渋々承諾し、

 

「本当はめっちゃ助かります!」

 

と言ってきた。そりゃそうだ。重たいよ、コレ。後輪だけって言っても。

 

 だが、運び始めてすぐパンクしていない事に気付く。あれ?パンクした訳じゃないのか?と思い尋ねると鍵を無くしてしまったらしい。

嫌な予感が脳裏をかすめたが、敢えて聞かない事にした。

 

「あっ、因みに俺の家ココです。」

 

一応通り過ぎる時に伝えると、

 

「そうなんですか⁉️なんだかすいませんっ!ここまででも大丈夫ですぅ。」

 

となってしまった。あぁ、しまった。そういうつもりじゃなかったんだけど。と思いながら自転車を押していく。

実際引越してから駅周辺の飲み屋か、自宅までが行動範囲なので、ここから先は未知のエリアだ。聞けば実家暮らしで地元もこの辺りだという。

 

俺「御実家はどの辺りなんですか?」

自転車女「矢口渡わかりますか?」

俺「いや、わかんないです」

自転車女「○○商店街わかりますか?」

俺「いや、わかんないです」

自転車女「そうですか〜…その○○商店街の先なんですよ〜」

 

そうか。この先に商店街があるのか。

と思ったが、角を曲がっても商店街らしき景色が見当たらなかった。夜中だからか?

アケード的なヤツも見当たらないが。 

 

良い感じに右手がプルプルしてきた。

 

俺「ちょっと持ち手変えますね。あと上着をカゴに入れて良いですか?」

自転車女「勿論大丈夫です!銭湯帰りですか⁉️」

俺「⁉️いえ、違いますよ?なんで?」

自転車女「いや、格好が…そうかなぁって思っただけです!凄い汗ですけど、大丈夫ですか?」

俺「あぁ、大丈夫ですよ。」

(汗ぐらいかくよ。重てぇ〜。マジで全然商店街見えてこねぇ。)と心の中では唱えていた。

 

左手に持ち替えても中々商店街は見えてこない。(くそっ。また痺れてきやがった。)

ずっと気になっていた事を自転車女に問い掛けてみる。

 

俺「ってか、この距離を1人で運ぼうとしてたんだよね?かなり無茶でしょ。」

自転車女「そうなんですよ〜‼️荷物も多かったんで、自転車のカゴにまとめて自転車ごと運べたら楽かな〜って思ったんですけど、でもめっちゃ重くて心が折れそうになってたんですっ‼️」

俺「…そりゃ自転車という1番重たいアイテムが増えるからね…スペア…(さっき脳裏をかすめた嫌な予感だ)…スペアは持ってないの?」

自転車女「家にありますよ‼️でも自転車と一緒に…」

 

最早俺の耳には聞こえてこなかった。

そして、俺は天を仰いだ。

(嫌な予感が当たっちまった。ヤベェ。この女かなりヤベェ。天然が突き抜けてる。そんで全然商店街が見えてこねぇ。)

 

 

30分以上は経過しただろうか。

ようやく商店街らしきアーケードが見えてきた。既に汗だくで、手の感覚もほとんどない。

 

俺「あれ⁉️だよね?商店街って。」

自転車女「そうです‼️あの商店街を抜けるともうすぐです!」

 

もう何も言うまい。

商店街がどれくらいあるのか。

もうすぐってどれくらいなのか。

そんな事を気にしても仕方ないのだ。

ただひたすらに、黙々と作業をしなければならない時が誰しもある。今がその時だ。

 

遠くの方で声が聞こえる度に適当に相槌を打ちながら進んでいき、気がつくと実家に辿り着いていた。ようやく、この時を迎える時がきた。

雨は必ずあがり、夜は必ず明けるのだ。

ほっとしていたのも束の間。

窓の中から人影が現れた。

母、だろう。間違いなく。

 

母「あんた‼️何時だと思ってんのよ‼️ん⁉️あなた誰⁉️」

自転車女「お母さん‼️ヤメてよっ!私が自転車の鍵を無くして困ってた所をこの人が助けて運んでくれたんだよ‼️」

 

この後2人は何かやり取りしていたが、俺は既に昇天しかかっていたのであまり覚えていない。一刻も早くこの場を立ち去らねば。

 

俺「夜分遅くに申し訳ありませんでした。僕はこれで失礼します」

 

と早々に立ち去ろうとしたその時、

 

自転車女「待ってください‼️送っていきます‼️妹の自転車があるので。お母さんは中に入っててよ‼️この人を送ってくるから。」

 

なんか叫んでいる。俺には理解不能だった。

いや、今俺が送り届けた所じゃないか。

ナニヲイッテイル?

 

俺「いや、それじゃ俺が送り届けた意味がなくなるじゃないか。夜道も危ないし、帰り道も大体わかるから大丈夫だよ。家に戻りなさい。」

 

と言っている間にも妹の自転車を引っ張りだしてきて、

 

自転車女「大丈夫ですっ‼️帰りは自転車なんですぐ帰れますから。ほらっ!早く乗ってください!後ろに‼️」

 

唖然とした。嘘だろ?俺が後ろ?

想像しただけで気分が悪くなりそうだ。

 

俺「分かった。百歩譲って俺が前だ。帰りは自転車だから1人で帰れるな?俺も早く帰りたいし。助かるよ」

 

そう言って何故か二人乗りで元来た道を帰る事になった。途中お礼がしたいとコンビニに寄って"ガツンとみかん"(オススメのアイスらしい)とたばこをご馳走になった。

コンビニで一応お互いの連絡先を赤外線で交換し、今度改めてお礼させてくださいと言ってきたが、丁重にお断りした。

 

アイスを食べながらまた二人乗りで帰る。

自転車でも結構な距離だ。この距離を1人で運ぼうとしていた判断処理能力に脱帽しつつ、頑張った自分を心の中で励ました。

俺の家の下に着いて、送ってくれたお礼と気を付けて帰る様に念を押して自転車女を見送った。これじゃどっちが送り届けたのがわかんねぇなと思ったのは言うまでもない。

 

こうして長い一日が終わった。

シャワーを浴びて、ベッドもカーテンもない部屋の床に座りながらたばこを吸う。

「ド天然女だったな」と思い返していた。

 

まさかその自転車女が自分の妻になるとは、この時知る由もなかった。

 

〜悠々自適に生きる〜