悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

脱サラした父ちゃんが山奥の古民家に移住し、5人の子育てに奮闘しながら悠々自適に暮らしている日々の生活をゆる〜く発信します。

田舎に引越して2ヶ月が経った

築200年の古民家を改修して豊田市足助は香嵐渓近くの山奥に引越して2ヶ月が経ったので、軽く振り返ってみる。

 

引越して1ヶ月のエントリーはこち

田舎暮らしを始めて1ヶ月が経ったので振り返ってみる - 悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

 

 少しづつ田舎暮らしにも慣れて、ご近所の方々の顔と名前も覚えてきたかな。子供達は毎日楽しそうに学校に行って、家の中でも外でも走り回ってるし、そんな姿を見てるだけで微笑ましい気持ちになる。前の家なら「静かにしろ!」って怒鳴ってしまっていた様な事も余裕を持って見守れる様になった。環境が変わるだけでこうも普段の日常の心境が変わるとは思ってなかったです。

 

毎日目を覚ました時に聞こえてくるウグイスの鳴き声(どうやらカッコウも生息しているらしい)、ふと窓の外に視線を移した時に飛び込んでくる木々と木漏れ日、毎日家を出た時に感じる爽快感、夜遅く仕事から帰ってきた時に見上げる星空、週末の農作業の最中に通り過ぎる風と土の匂い、裏山から眺める夕陽、、、

 

何1つ色褪せる事なく新鮮なままだ。

 

いづれこの環境にも慣れ、当たり前に感じる時が来るかもしれないが、その時はこのエントリーを読み返して初心に戻りたいと思う。

 

https://www.instagram.com/p/BU-xqsYD8Kp/

裏山から眺めるお気に入りの景色。何百年も前から変わらないであろうこの景色はきっとみんなが大人になっても変わらない筈だよと子供達に言い聞かせた。#足助 #香嵐渓 #裏山 #家から車で5分 #軽トラの荷台から見る景色 #sunset

 

よく田舎暮らしは不便だとか言われるけど、引越してきて不便さを感じた事が殆どない。

名古屋の人には車で1時間かけて会社に通っていると言うと「遠っ!」って言われるけど、東京は満員電車で1時間とか普通だし、郊外在住の人は2時間かけて通っている訳だから1時間のマイカー通勤なんて俺にとっては快適過ぎる。好きな音楽を聴いて、考え事したり、仕事の電話をしたり、むしろ良い気分転換になってる。しかも東京と違い渋滞が殆どない。通勤時間が車で30分だったのが1時間になっただけで全くストレスにはならないんだ。

 

1番心配していた出張は最寄り駅まで車で30分かかるが無料駐車場が併設されているので全く問題なし。

https://www.instagram.com/p/BSwtCnJjry1/

普通、線路は2列あって対岸にホームがあるけど、まさかの1列。#最寄り駅 #平戸橋駅 #田舎暮らし #自宅から車で30分 #でも全く問題ない #駅に無料の駐車スペースがある #安定の田舎クオリティ

 

こうなってくると中々ストレスになってる事が思い浮かばないが、強いて挙げるなら忙しくて中々家の残工事が進まない事かな。

友達に手伝って貰って進めている漆喰塗りに関しては後日エントリーするけど、まだまだ終わらない。照明もまだ取り替えてないし(本業のくせに)、収納も未完成だし、洗面所の鏡も発注しなきゃならないのに、週末は学校の行事や子供のサッカーの試合や買い出しに加えて農作業で中々時間が作れない。かと言って平日に時間などある筈もなく。

住みながらやるのは中々難しいと痛感している。

 

あとはやっぱ虫ですね。

 

家の至る所に隙間が空いているので、様々な虫と共同生活を送っています。蚊も蟻もデカイ!この前は巨大なムカデが現れて妻が叫んでいたけど、こればっかりは慣れるしかない(勿論妻が自力で退治していた。頼もしい限りだw)。外ではマムシも出るらしく気をつける必要があるけど、まだ遭遇はしていない。

 

畑では収穫も始まっている

1ヶ月前から蛭子名人のお陰で始められた我が家の畑と田んぼ。成長が早いきゅうりやトマトは収穫できる様になった。

 

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自給自足の記念すべき第一回収穫祭はなんでもない週末に身内だけでしっぽりと執り行われた。取り立てのきゅうりに味噌を付けて食べるだけで酒が進む。(ゆくゆくは味噌も作りたいと妻は豪語している。手前味噌が楽しみだw)

 

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上の畑も着々と開墾し、以前仕事でお世話になった種子島在住の社長に無理を言って送って貰った安納芋の苗を植えた。妻は生粋の芋女なので収穫を心待ちにしているが、芋類は猪の大好物なので猪対策の柵を作らねばならない。

こんな紐だけでは簡単に突破されてしまう。

 

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畑には色んなお客さんが来るが、ひょっこり顔出すカエルが可愛い過ぎた。

 

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 カエルの卵。こんなにデカイのは初めて見た気がする。

 

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家には近所の猫も遊びに来る様になった。

引越す前に工事しに来ていた時からたまに触れ合っていたのでかなり懐いてきて可愛い。

 

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庭の一部には何故かバナナの木がある。

気が付いたら周辺に増殖していた。

 

庭の木の剪定を始めた

 家の収納作りや漆喰塗りはまとまった時間がないと手を付けられないが、庭の剪定ならちょっとした時間でできるので、気になる所から手を付けた。完全に無法地帯と化していた庭は竹がそこら中から生えてきていたり、枯れた木もそのままになっていたのでずっと気になっていたんだ。

初めての試みだったが一旦やり始めると夢中になる。夕方からやり始めて暗くなるまであっという間だ。土いじりも良いが、草いじりも良い。最高に気持ち良い作業だ。やり甲斐のある広さ(正直どこまでが庭でどこからが山なのかわからないw)だし、ある程度剪定が終わったら好きな木を植えていきたいと思う。

 

 地元のスナックにデビューした

 先日お世話になった地元の大工さんと打ち上げと懇親会を兼ねて飲みに行った。当然二軒目もハシゴする事になるが、行き先は足助唯一のスナック「酔仙」。

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 ここのスナックはかなりスペックが高い。

何と言ってもママが俺の友達の同級生のお母さんなのだ。しかもその友達の同級生の旦那さんが大工さんの友達らしい。という事で急遽呼び出す事に。その事を俺の友達に報告するとすぐに飛んできた。前から紹介すると言っていた足助の友人達を連れて。

一気に人が増えて盛り上がり酒が進んでつい飲み過ぎてしまった。後半記憶がないまま帰宅し(合流した友達に送って貰った。タクシーは夜中は読んでも来てくれないらしく本当に助かった)、次の日地元の祭りに顔を出して前日の御礼(むしろお詫びに近い)と交流を深める事ができた。

 

https://www.instagram.com/p/BU4D5DTDhaN/

素敵な街並みに癒される〜#足助 #香嵐渓 #たんころりん #ここが地元 #とか最高過ぎる

 

 そんな感じで田舎暮らしを満喫している。仕事は相変わらず忙しいが、良い感じにオンとオフを切り替える事ができるのでメリハリがついて調子も良い。これから暑くなるにつれて、イベントも多くなり、楽しいシーズンなので、地元ならではの穴場スポットを発掘するつもりだ。

ワクワクする〜(≧∀≦)

 

〜悠悠自適に生きる〜

成功への道④〜理想の人生を生きる為に〜

ここで言う「成功」というのは単に世間一般でいう「大金持ち」になる事ではない。「自分の理想の人生を生きる」ことを一言で「成功」と位置付けた。そして勿論、自分自身「成功」している訳でも「大金持ち」な訳でもない。今まで歩んで来た道、これから進む目指すべき「成功」への道を自分の為に記録する事にしただけだ。そんな(今はまだ誰も知らない)ベンチャー起業社長の物語シリーズである。


物語シリーズ①はこち
成功への道①〜理想の人生を生きる為に〜 - 悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

前回の物語シリーズこち

 http://yuyunikki.hatenablog.com/entry/2017/06/05/235231

 

 

最初のドラマティックな出会いとはかけ離れた、超リアルな入籍を果たした俺はその入籍から二ヶ月半後にスピード挙式を挙げた。仕事の忙しさと非現実的な式の準備期間、引越しの準備等に奔走し、疲弊しきっていたがやるしかないのだから仕方ない。

入社したての新入社員がデキ婚しようが、そんなことはブラックな会社には関係ない。(ブラックじゃなかろうと当然関係ないのだが)

安月給に長時間労働なので転職も考えたが、夢を抱いて入った会社だ。好きな仕事ができるだけでも幸せだと思え的な上司の空気感は嫌いだったが、独立を考えている者やスキルを身に付けたい者にとってはうってつけの会社だった。将来独立したいと考えていた俺はそのまま会社に残る道を選び、安月給でもやりくりできる様に妻の実家(自転車を送り届けたあの家)に同居させて頂く事になった。

 

所謂マスオさんだ。

 

数ヶ月マスオさん生活を続けた後、妻のご両親が実家から近いマンションを購入してくれてそこに住まわせて貰う事になった。勘違いしないで貰いたいが、お義父さんは公務員でお義母さんはパートをされている一般的な御両親だ。決してお金持ちだという訳ではなかったが、可愛い娘と孫の為に退職金や長年貯めた貯金で住む場所を用意してくれたのだ。本当に御両親には頭が上がらない。感謝しかない。

それでも新入社員の安月給では生活も大変だったが、あろう事か速攻で2人目を妻が妊娠したのだ。1人目を出産してまだ一度も生理がこないまま、2人目を妊娠したのだから凄い。

 

そして俺は会社に辞表を出した。

今ですらギリギリの生活なのにもう1人増えるのは無理ゲーだと判断したからだ。

しかし上司から昇進させるからもう少し頑張れと止められ、渋々承諾した。辞めてどうするかも決まってなかったからこの時は辞めなくて正解だったと思う。そんな調子で2人目も産まれ毎日忙しい日々を過ごしていた矢先にあの東日本大震災が起きたのだ。

 

まだ小さい子を抱える身としては災害時における東京の脆弱さが浮き彫りになり、しかもあの原発事故で一段と不安が積もっていた。毎日ネットで情報収集し、海外帰りの友人と外国メディアの情報を交換していた。そんな中、職場で原発建屋爆発のニュースを見た時に家族を連れて名古屋へ避難する事をすぐに決心した。俺の両親は既に離婚していて実家がないので兄貴の家に居候させて貰ったが、上司から毎日いつ戻って来るのか電話がかかってくる。ずっと兄貴の家にお世話になる訳にもいかず、俺からすれば今まで通り仕事している方が異常だと思ったが、1週間様子を見て東京に戻った。社長に呼び出され単独行動は慎むように注意を受けたが、別に気にする事もなかった。むしろ大事な家族を連れて避難する事の何が悪いのか教えてくれ等と思っていた。

 

そして東京に戻ってきて間もなく、建築系の友人知人で立ち上げたNPO法人に協力して南相馬市へボランティアをしに行く事になった。

夜中に車を交代で走らせて早朝現地に到着した、そんなタイミングで妻から電話が入る。

 

俺「ちょうど今現地に着いたとこだよ〜」

妻「そうなんだ〜お疲れ様。わたしも1つ報告があるんだ〜。…3人目ができたみたい。

 

‼️‼️⁉️⁉️

 

俺「はっ⁉️マジで⁉️嘘でしょ‼️⁉️」

妻「マジマジ。後で写メ送るね。」

 

電話を切った後、検査薬の写メが送られてきた。愕然としたよ。激震が走るとはこの事だ。何故だ。何故このタイミングであいつは検査をしようと思ったのかも意味不明だが、2人目が産まれてまだ1回しか生理がきていなかったじゃないか。どうかしてるよ。

 

中々現実を受け入れられないが、取り敢えず会社は辞めないとなと思った。最早ボランティアどころじゃなかったが、やるべき事はやり、東京へ戻る。然るべきタイミングで上司に辞表を出したが、今度は止められなかった。苦笑いしながらもうちょっと計画的に子作りした方が良かったんじゃないと言われたが手遅れなのはお互い解ってる。

 

 

こうして俺は会社を辞めた。

 

 

三人も子供がいて良く独立できるなと友人からは言われたが逆だ。サラリーマンの給料じゃ養っていけない。転職も考えたが、独立して個人事業者としてやっていく事を決心した。

 

こうして最速でハットトリックを決めた俺は殆ど準備もしないまま起業する事になったのだ。

最初のシリーズで書いたとおり、 ここからようやくビジネスの話で「点」と「点」が繋がり「線」となっていくのだが、最初の「点」は間違いなくあの出会いから始まったんだと思う。

でなければ俺は今頃LAで悠々自適に暮らしていたはずなんだから。

 

ラブ・ストーリーは突然に - 小田和正 - YouTube

 

〜悠々自適に生きる〜

成功への道③〜理想の人生を生きる為に〜

ここで言う「成功」というのは単に世間一般でいう「大金持ち」になる事ではない。「自分の理想の人生を生きる」ことを一言で「成功」と位置付けた。そして勿論、自分自身「成功」している訳でも「大金持ち」な訳でもない。今まで歩んで来た道、これから進む目指すべき「成功」への道を自分の為に記録する事にしただけだ。そんな(今はまだ誰も知らない)ベンチャー起業社長の物語シリーズである。

 物語シリーズ①はこち

成功への道①〜理想の人生を生きる為に〜 - 悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

 

前回の物語シリーズこち

 成功への道②〜理想の人生を生きる為に〜 - 悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

 

 

自転車騒動から一夜明け、その女性から改めて御礼のメールがきた。天然だけどその辺はしっかりしているなぁと思いつつ、御礼にお食事ご馳走しますと前日の帰り際に言われたが、

「別にご馳走してくれなくても良いから美味しいご飯屋さん教えてよ〜地元民なら色々知ってるでしょ?」

という話をしたのを思い出した。

まぁお互い社交辞令みたいなもんだしなと思いつつ、また慌ただしい日々に忙殺されていく。

 

 会社のプロジェクトが一段楽して久しぶりに早く帰路に着いたある日、ふと自転車女を思い出した。適当に飯食って帰ろうかと思っていたが、お誘いしてみようかなという気になった。あの日から数週間、連絡はとっていなかったので少し躊躇したが、まぁダメ元だ。

「久しぶりに仕事が早く終わったので、今から蒲田でご飯食べて帰るんだけど、良かったら一緒に食べないですか?」と会社を出ながらメールした。すると快諾の返事がすぐに届いた。レスポンスが早い!

蒲田で待ち合わせをする事に。

しばらくすると自転車女が現れた。

 

自転車女「お久しぶりです〜まさか連絡くれると思ってなかったです!何食べに行きますか?」

 

俺「久しぶり。オススメは?」

 

自転車女「ドジョウの踊り食いとかありますよ!」

 

俺「⁉️ドジョウの踊り食い⁉️…いや、別にドジョウの踊り食いはいいや。ってか美味いの?それ。」

 

自転車女「まぁまぁですね〜」

 

本当に変わってるな。まさかいきなりドジョウの踊り食いをオススメされるとは思わなかったわ。しかもまぁまぁとか言ってるし。

そんなやり取りをしつつ結局居酒屋に入る事になった。

 

食事しながら色々とお互いの事を話した。

自転車女は絵を描くのが好きで美大に入ったけど、油絵では食べていけないので中退して、好きなアニメの専門に入ったけど、過酷過ぎて中退し、今はメイクの勉強をしているのだそうだ。趣味はコスプレなんだとか。

 

コスプレ⁉️

 

マジか。アニオタがやってるアレか⁉️

と衝撃を受けた。衣装も全て自作しているんだと写真を見せてくれたが、ドン引きするぐらいハイレベルのクオリティだった。

昔同人誌も書いていたらしい。

 

同人誌って何?

 

俺はそんなレベルだったが、お構いなく同人誌の話を続ける自転車女。

 

新しい。今までに出会った事のない全く新しいジャンル、完全にニュータイプだ。

 

そんな衝撃にも近い印象を受けて、好奇心が湧いてきた俺は何度か食事に誘う様になった。

自転車女も学生なので基本的に家にいる事が多く、急なお誘いでも合わせてくれる。家も近いというのもあり徐々に飯友のような関係になっていった。

 

 

 そんな2人が付き合う様になるには時間がかからなかった。

 

 

 

 

 えっ⁉️

端折り過ぎ⁉️

いや、でも仕方ないじゃないか。俺は早くビジネスの話がしたいんだ。自転車女の話はもうこれくらいにしておこう。よく付き合ったきっかけは何だったのかとか聞かれるが、

 

ただ新しかった。俺の中でニュータイプだったんだよ。

 

 

そう答える事にしている。あと強いて言えば、

 

 

 

巨乳だったから(爆)

 

 

 

結局そこかいっ‼️

とツッコまれそうだが、このブログは何故か妻と妻の友人も読んでくれているそうなのでこれぐらいで勘弁してもらいたい。

それにしても

 

 

こんなキャラじゃ真面目な話を書いても誰もまともに聞いてくれないんじゃないだろうか。

 

 

そんな気がしてきた。そんな事より

 

 

将来娘が口を聞いてくれなくなったらどうしよう。いや、マジで。

 

 

 

やべぇ。不安に押しつぶされそうだ。

まぁここまできたら仕方ない。妻には絶対に勝手にこのブログの事を娘に教えないよう口止めさせておこう。そしてさっさと自転車女編を終わらせよう。

 

 

そうして俺は自転車女と付き合い始める事になるが、家が近いこともあり、ほぼ毎日俺の仕事が終わる時間に合わせて家に押しかけて来る様になった。(夜中だろうと)

途中の色んな事件は大人の事情で割愛させて頂くが、俺の親父に初めて紹介する当日の朝に妊娠している事が発覚したんだ。忘れもしない。合鍵を渡していた自転車女が朝一、俺が寝ているベッドに入ってきて一言

 

『ねぇ〜お父さんになったら嬉しい❔』

 

 

おぃおぃ。嘘だろ。朝から冗談キツイわ。

俺は無言で寝返りをして背を向けた。

 意識が徐々にはっきりしてきて、事の重大さに気が付き、また向きを変えて自転車女の顔を確かめる。

 

 

俺「マジで⁉️嘘でしょ⁉️」

自転車女「まさか。こんな嘘つく訳ないじゃん。」

 

…マジか。ガチなやつや。

 

こうして俺は半分夢の中で今日から父親になる事を告げられた。3月3日、運命の雛祭り🎎

彼女はメイクの専門学校の卒業を控え、アメリカ留学の願書受付最終日だった。そうなのだ。

自転車女は卒業したらアメリカに留学する予定だったのだ。しかもLAはマリナデルレイ。俺が昔働いていた所だ。

日本で3年修行してアメリカに戻る予定だった俺はアメリカで再会できるかもね〜なんて話をしていたのだが、2人の運命がそうさせなかった。

 

その日の夜、俺の親父に彼女を紹介し、子供ができたので結婚すると伝えた。心底驚いていたが、当然だろう。俺が一番驚いているのだから。そして一週間後、どうせならと彼女の誕生日に、まだ肌寒い風が吹き荒れる中2人で(何故か自転車女のご両親に途中まで付き添われながら)婚姻届を太田区役所へ提出した。(俺が走って逃げるとでも思ったのだろうか?)

こうして自転車女は俺の妻になった。

24歳、俺の青い春は終わりを迎えた。

 

〜悠々自適に生きる〜

 

 

成功への道②〜理想の人生を生きる為に〜

1年のアメリカインターンシップから帰国した俺は東京の設計会社に入社した。というか、帰国後入社する前提でその会社からインターン先を紹介して貰ったのだ。だから就活というものはした事がない。コネでもなんでも使える物はフル活用するのが俺のやり方だ。就活に苦労した人なんかがこの話を聞くとイラッとすると思うが、事実なんだから仕方ない。

 

帰国後3日で物件を探して契約しなければならなかった俺は大田区蒲田に住む事になった。正直名古屋が地元なので土地勘など全くなかったのだが、蒲田は住みやすい街だったし、飲み屋も多くすぐに気に入ることになる。

入社早々忙しくなり、家具もカーテンも買う暇もなくあっという間に1ヶ月が経った。(設計会社や事務所はスーパーブラック業界なので、終電帰りやたまに徹夜する事もザラだ) 大都会東京、コンクリートジャグルでベッドもカーテンもない部屋で床で寝る生活をしていた。くたびれた身体は床では中々疲れが取れないが、そんな暮らしをそれなりに楽しんでいたんだ。ただ、東京の人の多さ、満員電車はキツかった。人が多過ぎるせいで他人に無関心な東京の冷たさ(席を譲らないとかね。)も嫌だったし、奴隷がぎゅうぎゅう詰めにされて運ばれている気にすらなる時があった。

そんなある日、朝の通勤時に蒲田駅の改札前で人が血を流して倒れているのを目撃したんだ。

確か1人の女性と駅員さんが介抱しようとしていたと思う。俺は急いで駆け寄り

 

「大丈夫ですか❓何処かに運ぶのであれば手伝います。救急車は既に呼ばれましたか?」と声を掛けた。

幸い駅員さんの迅速な対応で既に救急車は呼んでおり、あまり無理に動かしても危ないのでそのままにしておくという。

「大丈夫ですよ。ありがとうございます。後は駅員で対応致します」

と言われた。少し安心して

「そうですか。わかりました。宜しくお願いします」

と顔を上げた瞬間、背筋が凍る様な感覚が俺を襲った。物凄い数の人が無表情で通り過ぎて行くのである。ある人は見て見ぬふり、ある人は一瞥するだけ、朝の通勤ラッシュでおびただしい数の人間が素通りしていくのだ。

 

別に自分も何か出来た訳でも、手伝った訳でもないし、人集りが出来ても余計に大変なだけなんだが、その異様な光景にゾクッとし、すぐにその場を離れた。

 

俺はただの偽善者かもしれない。

だが、あんな無関心で無表情な人間にはなりたくない!東京には染まらない!

 

そう心に決めたんだ。

自分に言い聞かせた。俺は俺のままでいよう、と。

 

そして数日後、思わぬ場面に出くわした。友達と買い物をして飲んで家に帰る途中、先の方で自転車を引きずっている人がいるのが見えた。

夜中の12時過ぎだ。俺は普段裸眼で、そこまで視力は良くも悪くもないが夜は極端に視力が落ちる。近くになるにつれて比較的若い女性だとわかった。カゴには巨大なぬいぐるみが刺さっていて後輪を持ち上げて、少し運んではすぐに休憩している。そりゃそうだ。後輪を持ち上げるのは女性には大変だろう。

 

俺はなんでこんな時間に自転車🚲引きずってるんだ?と思ったのと同時にこんな時間に声を掛けてナンパみたいに思われても嫌だな〜と思っていた。お年寄りの方なら声を掛けやすいのに。

そんな事を思いながら通り過ぎようとした瞬間、この前の出来事とあの光景が脳裏に蘇ったんだ。

 

ヤバイ。俺はこのままここを通り過ぎる訳にはいかない。

 

そして別に嫌がられても断られても構わないじゃないか。自分の家はすぐそこだ。帰って寝るだけだし、気にする事でもないなと開き直った俺はその自転車の女性に声を掛けた。

 

「どうしたんですか?パンクでもしましたか?

運ぶの手伝いますよ。家は近いんですか?」

 

できるだけ怖がられない様に、警戒されない様に注意しながら話す。

するとその人は

 

「あっ、大丈夫です!ありがとうございます。家近いんで、自分で運べます!」

 

と言ってきたので、

 

「家近いならそれこそ手伝いますよ。俺が後輪持つんでハンドル持っててください」

 

そう言いながら後輪を持ち上げた。

まだ遠慮して断ってきたが、面倒くさいので多少強引に手伝う流れに持っていく。

 向こうも渋々承諾し、

 

「本当はめっちゃ助かります!」

 

と言ってきた。そりゃそうだ。重たいよ、コレ。後輪だけって言っても。

 

 だが、運び始めてすぐパンクしていない事に気付く。あれ?パンクした訳じゃないのか?と思い尋ねると鍵を無くしてしまったらしい。

嫌な予感が脳裏をかすめたが、敢えて聞かない事にした。

 

「あっ、因みに俺の家ココです。」

 

一応通り過ぎる時に伝えると、

 

「そうなんですか⁉️なんだかすいませんっ!ここまででも大丈夫ですぅ。」

 

となってしまった。あぁ、しまった。そういうつもりじゃなかったんだけど。と思いながら自転車を押していく。

実際引越してから駅周辺の飲み屋か、自宅までが行動範囲なので、ここから先は未知のエリアだ。聞けば実家暮らしで地元もこの辺りだという。

 

俺「御実家はどの辺りなんですか?」

自転車女「矢口渡わかりますか?」

俺「いや、わかんないです」

自転車女「○○商店街わかりますか?」

俺「いや、わかんないです」

自転車女「そうですか〜…その○○商店街の先なんですよ〜」

 

そうか。この先に商店街があるのか。

と思ったが、角を曲がっても商店街らしき景色が見当たらなかった。夜中だからか?

アケード的なヤツも見当たらないが。 

 

良い感じに右手がプルプルしてきた。

 

俺「ちょっと持ち手変えますね。あと上着をカゴに入れて良いですか?」

自転車女「勿論大丈夫です!銭湯帰りですか⁉️」

俺「⁉️いえ、違いますよ?なんで?」

自転車女「いや、格好が…そうかなぁって思っただけです!凄い汗ですけど、大丈夫ですか?」

俺「あぁ、大丈夫ですよ。」

(汗ぐらいかくよ。重てぇ〜。マジで全然商店街見えてこねぇ。)と心の中では唱えていた。

 

左手に持ち替えても中々商店街は見えてこない。(くそっ。また痺れてきやがった。)

ずっと気になっていた事を自転車女に問い掛けてみる。

 

俺「ってか、この距離を1人で運ぼうとしてたんだよね?かなり無茶でしょ。」

自転車女「そうなんですよ〜‼️荷物も多かったんで、自転車のカゴにまとめて自転車ごと運べたら楽かな〜って思ったんですけど、でもめっちゃ重くて心が折れそうになってたんですっ‼️」

俺「…そりゃ自転車という1番重たいアイテムが増えるからね…スペア…(さっき脳裏をかすめた嫌な予感だ)…スペアは持ってないの?」

自転車女「家にありますよ‼️でも自転車と一緒に…」

 

最早俺の耳には聞こえてこなかった。

そして、俺は天を仰いだ。

(嫌な予感が当たっちまった。ヤベェ。この女かなりヤベェ。天然が突き抜けてる。そんで全然商店街が見えてこねぇ。)

 

 

30分以上は経過しただろうか。

ようやく商店街らしきアーケードが見えてきた。既に汗だくで、手の感覚もほとんどない。

 

俺「あれ⁉️だよね?商店街って。」

自転車女「そうです‼️あの商店街を抜けるともうすぐです!」

 

もう何も言うまい。

商店街がどれくらいあるのか。

もうすぐってどれくらいなのか。

そんな事を気にしても仕方ないのだ。

ただひたすらに、黙々と作業をしなければならない時が誰しもある。今がその時だ。

 

遠くの方で声が聞こえる度に適当に相槌を打ちながら進んでいき、気がつくと実家に辿り着いていた。ようやく、この時を迎える時がきた。

雨は必ずあがり、夜は必ず明けるのだ。

ほっとしていたのも束の間。

窓の中から人影が現れた。

母、だろう。間違いなく。

 

母「あんた‼️何時だと思ってんのよ‼️ん⁉️あなた誰⁉️」

自転車女「お母さん‼️ヤメてよっ!私が自転車の鍵を無くして困ってた所をこの人が助けて運んでくれたんだよ‼️」

 

この後2人は何かやり取りしていたが、俺は既に昇天しかかっていたのであまり覚えていない。一刻も早くこの場を立ち去らねば。

 

俺「夜分遅くに申し訳ありませんでした。僕はこれで失礼します」

 

と早々に立ち去ろうとしたその時、

 

自転車女「待ってください‼️送っていきます‼️妹の自転車があるので。お母さんは中に入っててよ‼️この人を送ってくるから。」

 

なんか叫んでいる。俺には理解不能だった。

いや、今俺が送り届けた所じゃないか。

ナニヲイッテイル?

 

俺「いや、それじゃ俺が送り届けた意味がなくなるじゃないか。夜道も危ないし、帰り道も大体わかるから大丈夫だよ。家に戻りなさい。」

 

と言っている間にも妹の自転車を引っ張りだしてきて、

 

自転車女「大丈夫ですっ‼️帰りは自転車なんですぐ帰れますから。ほらっ!早く乗ってください!後ろに‼️」

 

唖然とした。嘘だろ?俺が後ろ?

想像しただけで気分が悪くなりそうだ。

 

俺「分かった。百歩譲って俺が前だ。帰りは自転車だから1人で帰れるな?俺も早く帰りたいし。助かるよ」

 

そう言って何故か二人乗りで元来た道を帰る事になった。途中お礼がしたいとコンビニに寄って"ガツンとみかん"(オススメのアイスらしい)とたばこをご馳走になった。

コンビニで一応お互いの連絡先を赤外線で交換し、今度改めてお礼させてくださいと言ってきたが、丁重にお断りした。

 

アイスを食べながらまた二人乗りで帰る。

自転車でも結構な距離だ。この距離を1人で運ぼうとしていた判断処理能力に脱帽しつつ、頑張った自分を心の中で励ました。

俺の家の下に着いて、送ってくれたお礼と気を付けて帰る様に念を押して自転車女を見送った。これじゃどっちが送り届けたのがわかんねぇなと思ったのは言うまでもない。

 

こうして長い一日が終わった。

シャワーを浴びて、ベッドもカーテンもない部屋の床に座りながらたばこを吸う。

「ド天然女だったな」と思い返していた。

 

まさかその自転車女が自分の妻になるとは、この時知る由もなかった。

 

〜悠々自適に生きる〜

成功への道①〜理想の人生を生きる為に〜

冒頭で断っておくが、ここで言う「成功」というのは単に世間一般でいう「大金持ち」になる事ではない。「自分の理想の人生を生きる」ことを一言で「成功」と位置付けた。

そして勿論、自分自身「成功」している訳でも「大金持ち」な訳でもない。今まで歩んで来た道、これから進む目指すべき「成功」への道を自分の為に記録する事にしただけだ。死ぬまで「成功」もなければ「失敗」もないと思っている。あるのは「過程」としての記録のみ。自分が目指した「成功」つまり理想の人生を生きられたか否かは死ぬ間際にしか分からないのだから。
今までの、そしてこれからの「失敗」や「挫折」を糧に「感謝」と「努力」を忘れず、将来の自分とあわよくば子供達の将来の参考になれば幸いだ。そんな(今はまだ誰も知らない)自信家ベンチャー起業社長の物語シリーズである。
なので、他の記事とは違いビジネスモード(内容も口調も重たい)になっている。完全に上から目線。気分が悪くなったら読むのを止める事をオススメする。


人それぞれに自分の理想の人生がある

 

どんな暮らしがしたいのか
どんな仕事がしたいのか
どんな生き方がしたいのか

 

理想がない人は今すぐに真剣に自分の将来、自分の人生と向き合う必要がある。明確なビジョンがあればある程、具現化できるからだ。
それこそ「大金持ち」になりたい人も沢山いるだろう。「お金」が嫌いな人、必要ない人はいないのだから。だが、更に突き詰める必要がある。

「何故」「誰の為に」「何の為に」必要なのか。この3W理論「WHY」「WHO」「WHAT」いわゆる「WHY」から始まるゴールデンサークルの考え方は昔TEDで観てから衝撃を受けて参考にしている考え方で、あらゆるビジネスや物事において参考になるので知らない人は覚えておくと良いと思う。

 

サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか | TED Talk | TED.com

 

TEDを知らない人は間違いなく損をしているので観た方が良い。テレビなんか観てる場合じゃない。世界中に凄い人や面白い人がいて、自分の知識を広げる事が楽しくなると思う。俺は本を余り読まなかったが、損をしてきたなと思っている。もっと色んな本を読んでいれば良かったと多少後悔もあるが、昔からリアルなストーリーが好きだったから仕方ない。勿論ファンタジーの物語の素晴らしさや素敵な物語を読み終えた後の清々しさも幾度かは味わった事もあるが、ノンフィクションをベースにした本を読んだ時の衝撃は今でも良く覚えている。

幸いネット上には情報が溢れており、知的欲求さえあれば能動的に情報を収集できる様になった。テレビで流される面白くもない番組や広告をただ受動的に受け取るのではなく、自分の興味がある世界中のリアルを情報収集できる時代なのだ。話が逸れたので戻す。

 

この3W理論に+1H、「HOW」つまり「どれくらい、どうやって」を掘り下げていくと、より具体的に自分の理想の人生と向き合う事ができる。例えば「お金持ち」になりたい人も人それぞれの理由がある。

 

「昔貧乏だったから」「モテたいから」
「自分の為に」
「好きな服や車や家が欲しい」

という人もいれば、

「十分な収入がないから」「将来不安だから」
「子供の為に」
「生活費、教育費の貯蓄が欲しい」「習い事をさせたい」

という人もいる。


これに+1Hの「HOW」「どれくらい」収入があれば良いのか、自分の中の「大金持ち」は「どれくらいお金がある人の事なのかを掘り下げて、「HOW」「どうすれば」そうなれるのかをより具体的に考えていくとヒントや方法が見えてくるかもしれないし、常に意識しておく事でアンテナが広がりチャンスを逃さなくなる。

これはビジネスだけでなく日常のあらゆる事において非常に重要な事だ。

「思考は現実化する」のだから。
名著と名高いナポレオン・ヒル著者の「Think and Grow Rich(思考は現実化する)」はまだ読めていないが、タイトル通りだと思う。

 

自分も若い頃は
「モテたい」「格好つけたい」
「勿論自分の為に」
「良い車に乗って、良い女を連れて、良い家に住みたい」

と普通に思っていた。
男なら沢山仕事して、当然稼いで「金持ち」になりたいし、そのつもりで努力もしてきたつもりだった。転機が訪れたのはアメリカ留学の時だ。


それまで学校と遊びに明け暮れていて、まともに本を読んだりした事もなかった自分は、アメリカで色々な刺激を受けて、自分で色々と調べる様になって意識が変わっていったのを今でも良く覚えてる。当然きっかけを与えてくれた出会いが幾つかあったのだけど、目から鱗とはこの事で、世界には自分の知らない事柄で満ち溢れている事に気付かされた。

上で紹介したTEDを観た時も同じ様な感覚を覚えた。好奇心旺盛な人なら沢山刺激を受けると思う。


そして改めて日本の素晴らしさを再確認し、知的欲求が物的欲求を遥かに凌駕する様になった。日本人として生まれてきた事に感謝し、誇りに思う様になった。
当時はデザインのインターンとして照明デザイナーの礎となる修業をしにLAにいたのだが、

 

「日本の為になる事がしたい」
「日本の素晴らしさを世界に発信したい」

 

と漠然と思う様になった。照明デザインは好きな仕事でスキルも身についてきたけど、このままデザインの仕事をしていこうか真剣に悩んだ時期もある。だが、この時の自分には具体的に「何が」したいのか、「どうすれば」良いのか分からず、判断できる知識も経験もなかった。色々な人に相談に乗ってもらったが、当時の自分は幸いにも照明デザインという夢、やりたい事を見つけてアメリカに来ていて、周りにはそんな人達が殆どだった。アメリカで仲良くなったのは自分の人生を掛けて勝負をしに来ている人ばかりだ。

 

・アメリカの大学を出て、そのままアメリカで仕事に就いている人

・映像クリエイターを目指し30代前半からアメリカの専門学校に入り、その後クリエイターとして活躍している人

・脱サラして美容師を目指してイギリス→アメリカと働きながら修業している人

・映画監督を目指し自主製作の映画を撮っている人

・ネクタイと靴下が嫌いで会社を辞めてバイトしながらサッカーをしている人

 

それこそ、色んな人(日本人)が勝負しに来ていた。最初の頃、俺は日本人との交流を極力避けていた。折角アメリカにまで来て、日本人とつるんでいても仕方ないと思ってたんだ。

でもサッカーだけは、日本人チームの一員として試合がしたいと思って参加したのがキッカケで現地で働いているタフな人達と友達になれた。この時サッカーを続けてきて本当に良かったと実感した事は言うまでもない。

 

そんな先輩達から、若くして夢を見つけてインターンの仕事をしにアメリカに来ている自分は本当に恵まれている環境なんだと教えられた。

その事にきちんと感謝するべきだし、自分の中で納得できる答えが出ないのであれば、元々の照明デザイナーの夢を目指した方が良い。他にやりたい事が明確になった時にもう一度真剣に考えて決めれば良いんだよ。とアドバイスを貰った。本当に有難い事に、昔から自分の周りには素晴らしい先輩や仲間に恵まれていたんだ。

 

そうして帰国した俺はデザインの仕事をしながら本当に自分がやりたい事、自分の人生を掛けて挑みたい事を模索し続けていた。

 

日本人として日本の為になる事がしたい。日本の凄さを素晴らしさを世界中に広める一役を担うような仕事がしたい。

 

決して 格好つけたい訳じゃない。

真剣にそう考えていた。

しかし、帰国後周りの家族や友人に話しても理解して貰えなかった。アメリカに感化されて帰ってきたなぐらいにしか思われなかったからだ。悔しくて涙した事もあったが、それまでの自分自身がそんな風に思われる様な人間だったからに過ぎないと後から気付いた。

 

そんな自分に転機の兆しが訪れたのは1人の女性との出会いがきっかけだった。この出会いを機にいわゆる「点」と「点」が繋がり「線」となっていくのである。

 

〜悠々自適に生きる〜

田舎暮らしを始めて1ヶ月が経ったので振り返ってみる

山奥の古民家を改修し移住してから早1ヶ月が経ちました。

文字通り怒涛の1ヶ月だった訳ですが、GWは改修を手伝ってくれた友人や親族を呼んでBBQ三昧。庭で肉を焼き、縁側で将棋をして眠くなったら寝る。友達を呼んで眠るまで飲める家にしたいと夢みてたので、嬉しい限りです。

 

 田舎暮らしも少し落ち着いてきたので(仕事は全く落ち着かないのだが)記録も兼ねて振り返ろうと思う。

 

引越し当日まで大工さんに作業してもらっていたので、最初の内はひたすら開梱と収納。

その時の様子はこちら↓

 

 田舎に引越しました - 悠々日記〜7人家族古民家暮らし〜

 

古民家は基本的に置き家具を前提にする造りになっているので収納が少ない。主な収納は押入れだけで、あとは納屋で保管するか、必要があれば箪笥等を置く生活様式だけど、家具が増えると狭くなるので極力置きたくない訳です。

なので納屋を上手く活用したいけど、昔から置いてある荷物を処分しないと物が置けない。

 

因みに我が家には納屋が4棟と離れが1棟付いてます。

 

それで家賃2万っ‼️

この田舎クオリティ。

すいません。ただの自慢です。話が逸れました。

 

でも納屋の中には古い家具だけじゃなく、農具やドラム缶やら脱穀機やらが置いてあってそれらを整理処分しないと活用できない。

といぅ訳で近所に住む名人蛭子さんに軽トラを借りて粗大ゴミを出す事に。

たまに顔を出してくれるので、その時にお願いすると

 

「ほー、それは丁度ええわ。もうすぐ車検が切れるで処分するかどうか考えとったんじゃ!

名義変更と車検代だけ出してくれたらわしの軽トラやるわ!

 

と仰る。

「えっ⁉️マジっすか⁉️いや、でも、そんな訳にはいかないっすよ。大事な車ですし」

とか言いながらまさかの展開に思考回路が追いついてない自分に構うことなく蛭子さんは

 

「じゃぁ今度車検出してついでに名変してもらって持ってくるわ」

 

と言って去っていった。

マジかっ⁉️と衝撃を受けて妻に蛭子さんから軽トラを貰う事になった事を報告した。

当然「えっ?なんで⁉️」という期待通りのリアクションを頂いたので事の成り行きを話す。

 結果、

 

色々ヤバイね。田舎も蛭子さんも。

 

という結論に達した。蛭子さんのヤバさはこの後でも発揮されます。

翌週末に早速全ての手続きを終えて軽トラを届けてくれた蛭子さん。軽トラと言えば田舎のポルシェと呼ばれ(俺だけかもしれないが)一家に一台、様々な行事に大活躍する、田舎暮らしにはマストな憧れアイテムである。それを引越し早々に頂いてしまった。

興奮冷めやまない俺は子供達と蛭子さんを荷台に乗せて練習がてら裏山を一周する事に。

普段ミッションの車を運転する事がないから少し不安でしたが、身体は覚えてるものですね。

難なく山道も運転できて、子供達は大はしゃぎ。蛭子さんに案内して貰って見晴らしの良い場所や製材所を教えて貰った。

 

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裏山から見た 言葉にならない程美しい景色。

 

自然の中で暮らしているという実感をふとした瞬間に感じる。こんな景色を見た時や(しかもいつでも見れる!)鳥の鳴き声、木々の緑、山の陰、を側に感じた時に

 

嗚呼、移住して本当に良かった

 

と心が喜んでいるのを実感する。

そして走り回る子供達の笑顔‼️たまらない。

 

 

後日、早速頂いた軽トラで金属系の粗大ゴミを持ち込み処分した。残念ながら写真を撮り忘れたけど、荷台一杯に詰め込んで約千円。

車両ごと重量を計測するシステムで殆ど降りる事なくスムーズに処分完了。ちょっと感動するレベル。

下の子供2人を同乗させていたので、施設のおばさん、おじさん達もみんなニコニコしながら手を振ってくれる。この辺りの人達は本当に優しい人が多い。それだけで嬉しくなります。

因みに可燃の粗大ゴミは分解して庭の焼却炉で燃やします。ダンボールや紙類もまとめて燃やすから楽チン〜

 

畑と田んぼを始めました

 我が家には畑と田んぼが付いているのですが、猪対策の柵や休耕状態でもあるので、落ち着いたら手を付けたいね〜と妻と話してたんですが、名人蛭子さんが現れて

 

「GWまでに種植えと田植えをせんと夏に間に合わんから今年は収穫できんくなるぞ。わしが手伝っちゃるわ。」

 

とドンドン耕していく。

友達が遊びに来ていてBBQしていても

「おー、やっとるなぁ〜」

と言いながら隣で畑を耕し始めるw

手際が良過ぎて手伝う間も無く開墾の仕方を教えて貰った。

 

「72歳の動きじゃないわwwwヤバ過ぎるwww」

 

と友人も蛭子さんクオリティに唖然。

折角開墾のコツを教えて貰ったけど、次の日仕事に行ってる間に蛭子さんと奥様が既に完成させてた。

 

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これがその畑。余った建材で囲いまでしてある。もう凄すぎw

 

更に上の畑と田んぼも手を入れてくれた。

 

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折角なのでGWに遊びに来てくれた友達や親族に田植え体験をして貰うことに。

 

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 子供達は大はしゃぎで、大人も楽しんでました。天気も良くて、土に触れて自然を身近に感じる良い機会でした。最高に気持ち良すぎるっ!

名人蛭子さんのおかげで結果的に

 

引越して1ヶ月で畑と田んぼを始められました。

 

本当に有難いです。周りの人達のおかげで毎日楽しく過ごせてます。実際、

 

田舎に引越して今のところ大きなストレスを感じた事がない。

 

もっとご近所付き合いとか面倒な風習とかあるのかなぁって思ってたけど、本当に良い人ばかりで親切で優しいし、助けて貰ったり教えて貰ったりばかりです。

ありがとうございます。

 

会社までの移動は倍の1時間になったけど、東京で働いていた時は満員電車に揺られて約1時間だった訳だから、マイカー通勤の1時間が快適過ぎる。むしろ良い気分転換になってる。

1番心配していた出張も最寄り駅まで30分かかるけど、まさかの無料駐車場付で全く問題なしだし。

 

https://www.instagram.com/p/BSwtCnJjry1/

普通、線路は2列あって対岸にホームがあるけど、まさかの1列。#最寄り駅 #平戸橋駅 #田舎暮らし #自宅から車で30分 #でも全く問題ない #駅に無料の駐車スペースがある #安定の田舎クオリティ

 

何より嬉しいのが、

 

友達を呼べる様になったこと。

 

我が家は人数が多いので、どこへ行くにも、食べに行くにも大変だし周りに迷惑を掛けてしまう事が多かったけど、自分の家なら問題ない。

子供達は勝手に外へ遊びに行っても安心だし、大人はBBQしたり家の中でまったりできる。

 

ずっとこんな空間が欲しかったんだ!

 

前も戸建に住んでいたけど、狭すぎて人を呼べなかった。一応新築パナホーム3LDK(家賃14万円。東京と比べたら破格)だったんたけど、建売の物件は7人家族の我が家にはキャパが足りなかった。だから田舎の広い家に住みたい、外で子供達が遊んでも心配ない(ずっと家にいると大変な事になるw)ところに引越したいと思ってたんです。でも中々納得できる物件が見つからなかった。だから、

 

本当にこの家に巡り会えて良かった、引越しできて本当に良かったと思います。

 

7人家族の我が家が参考になるかどうかはわかりませんが、

 

田舎暮らし、最高ですよ。

 

今の時代、車があり、ネットがあり、どこでも仕事ができる時代です。勿論アマゾンも 翌日に届きます。田舎に引越したからといって必ずしも田舎で働く必要もありません。

会社勤めの方は難しいかもしれませんが、思い込みや常識に囚われなければ、より良い環境で子育てや仕事ができると思います。

因みに我が家の二軒隣の古民家、空いてますよ〜w

 

〜悠々自適に生きる〜

 

朝鮮戦争勃発がガチでヤバイ状況だと思う

山奥の古民家から国際情報をお届けしますw

皆さんは北朝鮮の無慈悲なチャーハンネタはご存知ですか?

ちょっと長いので別にスルーでも良いです。

 


緊急献立会議した
チャーハンを作るよう指示した。
食材を仕入れるよう指示した。
食材を仕入れる準備に入った。
食材の仕入れが完了し調理待機状態に突入した。
食材の下拵えを指示した。
鋼鉄の包丁がかつてない程の切れ味で食材を切り裂くだろうと発表した。
鋼鉄の包丁が待機状態に入ったと発表した。
食材の下拵えが終了したと発表した。
下拵えを終えた食材が待機状態に入った。
鋼鉄のフライパンを準備するよう指示した。
鋼鉄のフライパンのが待機状態に入った。
チャーハンの調理を指示した。
チャーハンの調理が可能な待機状態に突入した。
強力な火力で炒めるだろうと発表した。
ガスコンロが待機状態に入った。
お昼までに重大な決断をすると発表した。
お昼のメニューがチャーハンに決定したと発表した。
チャーハンを作ることが承認された。
この世の誰も体験したことのない革命的食感のチャーハンになるだろう。
本物のチャーハンを味わうこととなるだろう。
カレーライスの予定を白紙に戻す決定が下った。
ガスコンロの元栓が総解放され、残されたのはチャーハンの調理だけだ。
チャーハンの調理開始まで1分1秒の状態だ。
チャーハンの調理開始すればコンロが火の海となるだろう。
コンロを一気に火の海にする準備態勢に入った。
コンロを火の海にする前にISISコラを見て休憩中だ。
コンロにミサイルで火を飛ばす実験を海で行った。
コンロにミサイルで火をつければ、本物のチャーハンを味わうこととなるだろう。
すでに客には通告している。
チャーハンに松茸を入れる準備をしたが、日本によって阻止された。
日本の客のためのもう一杯のチャーハンを作る準備に入った。
すでに日本の客には通告した。
コンロに火を飛ばす練習を日本海で行った。
コンロの火をつける練習を地下実験した。
コンロに火を付ける練習を宇宙空間で行った。
コンロに火がつけば、最高のチャーハンが焼けるだろう。
日本の客のための緊急献立会議以外にアメリカの客のための献立会議をした。
アメリカのコンロに火を入れる練習の開始を指示した。
もしアメリカのコンロに火がつけばチャーハンは火の海となって焼け焦げるだろう。
アメリカのコンロに火をつける練習をCGでシミュレーションした。
出前のチャーハンが遅かったので別の客が来てしまった。ええな、本物のチャーハンを頼むで。
客が店に入ろうとした途端、われわれは瞬時に米国、韓国、日本をチャーハンの出前をする。
三沢、横田、岩国、沖縄など、在日米軍基地に、われわれは容赦なく出前を運ぶ。
日本のコンロは火の海になる。客にはそう伝えた。
もうすぐコンロに6回目の火をつける実験を行う。客には通知した。
外人さんが本当にそのコンロに火がつくのか見に行った。
チャーハンを作るとコンロが火の海になるシミュレーション映像を公開した。
客にはそう連絡した。← いまココ

−−−嘘吐き多いなぁより

 

 

今まで散々こんなネタができるぐらい北朝鮮はミサイルネタを出してきた訳ですが、現状はキューバ危機並もしくはそれ以上の深刻さだと思う。流石にいきなり日本に核攻撃はないだろうけど。

 

「現実味を帯びる、東京、ソウルへの核攻撃」
ティラーソン国務長官が発言

4月28日、連合国国連安保理閣僚級会合で、ティラーソン米国務長官が深刻な発言をして、岸田外相も、そして王毅までもがそれに応えた。ティラーソンは、「東京、ソウルへの北朝鮮の核攻撃が現実味がある」と言った。

https://www.facebook.com/kohyu.nishimura/posts/10207259089515756

 


29日のミサイル発射失敗はロシアが迎撃したとの情報もありますが、アメリカは戦争がしたくてしょうがないんじゃないだろうか。北朝鮮を追い込んでるのはアメリカです。既にシリアと戦争しているアメリカはシリアと蜜月な関係の北朝鮮を巻き込んで第三次世界大戦突入を本気で狙ってる気がする。朝鮮半島をアメリカに抑えられると困るのは中国とロシアだから、朝鮮戦争が起これば介入せざるを得ない訳です。
それは日本とて同じ。だからわざわざ安倍首相はプーチン大統領と会談したのもその為なんじゃないか?と見ています。

 

日本や世界や宇宙の動向さんより

日本や世界や宇宙の動向 : ロシアが北朝鮮のミサイルを迎撃した?

以下引用

・・・4月29日に北朝鮮は新しいタイプの弾道ミサイル(KN-17)を発射させましたが今回も失敗しました。

米太平洋軍及び韓国統合参謀本部によれば、今回の弾道ミサイルは発射1、2分後に北朝鮮領空で爆発しました。
先日ロシア軍が戦車とミサイル迎撃システムを北朝鮮国境沿いに移動したとの報道がありましたが、今回、ロシアがそれらのミサイル迎撃システムを使って北朝鮮が発射したミサイルを撃ち落とした可能性があると、ロシアのメディア(Lenta。RU)が伝えています。

 

中国とロシアが北朝鮮国境沿いに軍隊を送り込んだと言われていますが、それは北朝鮮を守るためでもありますが、しかし中国もロシアも金正恩の核開発を止めさせたいのは確かです。これまで、両国は北朝鮮問題を外交的手段で解決させたかったようですが、今回、ロシアは、核戦争(世界戦争)を防ぐために北朝鮮への対応を一歩前進させたようです。
中国とロシアは、もしもアメリカが北朝鮮の核施設を攻撃したなら、手に負えない状態になると警告していました。なぜなら、アメリカが北朝鮮に向けて巡航ミサイルを発射したなら、中国とロシアはそれを迎撃することになるからです。そうなると、アメリカは中国とロシアの軍事介入に対しても対応することになり、アメリカ、中国、ロシア、北朝鮮が参戦する第三次世界大戦に発展する恐れがあります。
単に北朝鮮とアメリカの2国間戦争なら世界戦争には発展しませんが、中国とロシアが戦争に加わると必ず第三次世界大戦になってしまいます。
そのため、北朝鮮が発射したミサイルが北朝鮮領空を超える前にロシアが撃ち落とした可能性が高いのです。

実際に、ロシア連邦議会の国防、安全保障担当の上院が、「ロシアは北朝鮮の最近の動きにかなり警戒している。北朝鮮領空周辺を統制しているのはロシアである。」と述べたのです。つまり、ロシアが今回のミサイルを撃ち落としたことを示唆していることになります。ロシアはアメリカ、北朝鮮、ロシア、中国が参戦することになる核戦争(第三次世界大戦)が勃発しないよう先手を取ったのです。

 


立て続けのミサイル発射失敗は断じてただの失敗なんかじゃありません。過去に何発も発射してるのにこのタイミングで失敗なんかする筈ありませんから。

安保理での各国外相の発言、直後のミサイル発射、からのミサイル発射失敗(迎撃)。

緊迫した世界情勢が垣間見えますね。

 

シリアを始め、中東ではアメリカ、イスラエルとロシアが以前から戦争中です。

反米のアサド政権を生物化学兵器使用で国連で非難決議をし(確証はないまま)、アメリカは空爆を繰り返しています。この時ロシアは反対、中国は欠席という対応を取りました。

この中国の対応は本来ならばあり得ない対応です。以前よりアメリカと中国の利害関係が一致していますが、つまり両国共戦争したい、戦争突入準備段階に入っているという見方ができます。今回の北朝鮮に対する対応も中国はポーズだけです。

 

そして、韓国のパククネ大統領逮捕も決して偶然ではない筈です。この国家的危機に大統領不在なんて出来過ぎ。昔北朝鮮との戦争危機を止めたのは他でもない韓国ですから。自国で戦争をして欲しくない韓国に戦争突入の邪魔をさせない為に仕掛けられた可能性が高いです。

 

戦争回避の為には日本とロシアの関係と役割が非常に大事です。ミサイル発射した直後に落下地点は判明します。今回のミサイル発射の到着地点が何処だったのかで、ハイレベルな交渉の未来も変わってくるのでしょう。

戦争だけは回避して貰いたいですね。

フィリピンのドゥテルテ大統領も動いてるみたいです。

 フィリピンのドゥテルテ大統領は29日、東南アジア諸国連合ASEAN)首脳会議後の記者会見で、トランプ米大統領と近く電話会談する予定を明かし、
北朝鮮情勢をめぐり、「戦争がないよう願いますと話すつもりだ。最初に犠牲になるのはアジアだ」と述べた。責任のある国として米国が自制すべきだとの見方も示した。

 北朝鮮が29日に再びミサイルを発射したことについて、ドゥテルテ氏は「ASEANはとても懸念している。両国は核を持っているからだ。一つのまちがいが破滅につながる」と話した。
「二つの国は危険なおもちゃで遊んでいる。トランプ氏にやめて、と言わないといけない」とも語った。(マニラ=鈴木暁子)


この非常事態を伝えない日本のメディアはどうかしてますね。まぁ、パニックを起こさせない為にわざと報道規制かけてるのもあるでしょうが。3・11の時と同じですね。心配し過ぎは良くありませんが、情報収集は自ら積極的に行うべきかと思います。

とはいえ、俺もせっせと今日もBBQに励んでいたんですがね〜

本当は引越してからの田舎生活について書きたかったんですが、今日は国際情勢ネタでした。

おやすみなさい😴

 

〜悠々自適に生きる〜